東武鉄道6000系・6050系

−日本の鉄道写真館(Gゲージ鉄道模型・風雅松本亭)−

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6000系(March 6, 2004.)

東武鉄道6000系の写真です。1985年(昭和60年)2月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

1964年(昭和39年)から1966年(昭和41年)に掛けて製造された快速用の2扉車です。車内装備は独立したデッキを持たない点を除けば、国鉄の153系並ですから、伊豆急行の100系と同等の車輌です。従って、素晴らしく快適、、、と言う車輌ではありませんでしたが、乗車時間は最長でも3時間以内だし、特急よりも多少余分に時間が掛かる程度の列車に追加料金無しで乗れるのですから、やはりこの系列には感慨深いものがあります。

クモハ相当のモハ6100型と、クハ6200型の2形式があり、モハは全て上り向き(=浅草向き)、クハは全て下り向き(=東武日光・鬼怒川公園向き)です。各22輌製造されて、M+Tcの背中併せの2連で使用されていました。最大で3ユニット(=6連)まで連結していたと思います。現在は全部の車輌が後述の6050系に更新されています。

6050系(Oct 6, 2007.)

前述の6000系の更新に際し車体を新製し、載せ換えた車輌です。この他に、当初から6050系として1988年(昭和63年)に新製された車輌が7編成あります。野岩鉄道の61100系3編成、会津鉄道の61200系も全く同様の車輌で、共通運用となっています。

クモハ相当のモハ6150型と、クハ6250型の2形式があり、モハは全て上り向き(=浅草向き)、クハは全て下り向き(=東武日光・鬼怒川公園向き)で、M+Tcの背中併せの2連で使用されています。この辺りの運用の仕方も6000系のそれを踏襲しています。増結用のモハ単車などは存在しないので、MT比はかならず1:1になります。

モハ6150は130kWのモーターを4基搭載して、この状態でMT比が1:1ですから山岳区間の路線での運用を考えると、動力性能は余り大したものではありませんが150kWのモーターを4基搭載した100系(=スペーシア)を除けば他の系列は、MT比が1:1や2:1の300系・350系と一緒に走る程度ですから、それ程悲観したものでもありません。鬼怒川線に関してはそれ程の高加減速性能を求められるわけではありませんし、下今市よりも浅草寄りの区間では特急・急行を除けば自分自身が最優等列車ですから勝手にびゅんびゅん走れば良い?わけですから、この程度でも充分に実用になっているようです。

車内設備は、一応はセミクロスシートですが、ロングシートの部分は戸袋窓周辺のごく僅かの部分だけなので、実質的にはクロスシートのみと大差ありません。この辺りは6000系の時代と同様です。また、クハには連結面付近に洗面所があります。

側面の行き先表示は方向幕式で列車種別と行き先が表示されますが、面白いことに車体側面の方向幕と同一と思われるものが客室内の、乗務員室扉上部(=要するに貫通路上部)にも取り付けてあります。6050系は全部の車輌がクハ、乃至はクモハ相当の車輌ですから乗務員室は全ての車輌にありますので、1輌に1箇所は車内に行き先が表示されていると言うことになります。

運用は日光線、鬼怒川線の快速運用が中心となります。野岩鉄道、会津鉄道の車輌も同一運用で、特別扱いされることは無いようです。それ以外には、日光、鬼怒川周辺での普通列車にも使用されています。時刻表には明記されていないようですが、鬼怒川線の下今市行きの上り電車としてやって来た電車がそのまま日光線の下り電車の東武日光行きとして折り返して行く、なんて運用もあるようです。

分割併合が多いのもこの系列の特徴で、東武日光行き・新藤原行き・会津田島行きの3本の列車を併結して6連で浅草を出発する編成、と言うのもあります。快速は停車駅が特急や急行よりも少々多い程度で料金は不要ですからかなり人気があるようです。私が見掛ける時は何時も満員状態で、ちょっと乗ろうと言う気分になりませんが、途中駅で乗車待ちの行列が妙に長いと思ったら快速がやって来た、と言うこともしばしばです。

東武鉄道モハ6158+クハ6258他の写真です。1989年(平成元年)3月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

上の写真の車輌は東武鉄道モハ6158+クハ6258他。1989年(平成元年)3月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

モハの床下の、見事なまでの抵抗器の行列が壮観です。

東武鉄道モハ6166の写真です。2005年(平成17年)3月、東武鉄道日光線新栃木(しんとちぎ)駅にて撮影。

上の写真の車輌は東武鉄道モハ6166の写真です。2005年(平成17年)3月、東武鉄道日光線新栃木(しんとちぎ)駅にて撮影。

東武日光=新栃木間の、日光線の区間運転の普通列車に使用されている状況です。同じ区間を「特急連絡」と表示して走る運用がありますが、これは鬼怒川線系統の特急へ接続するための立派な?各駅停車です。「特急**」と表示していても、単なる普通列車ですが、その列車に乗れば間違いなく特急停車駅まではたどり着けるわけですから判りやすくて親切であると言えます。

東武鉄道モハ6169の写真です。2007年(平成19年)11月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

上の写真の車輌は東武鉄道モハ6169。2007年(平成19年)11月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

新しい列車種別の「区間快速」で運用中の6050系です。伊勢崎線内は快速運転して、日光線内は各駅に停車すると言うものです。

東武鉄道モハ6177+クハ6277他の写真です。1989年(平成元年)3月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

上の写真の車輌は東武鉄道モハ6177+クハ6277他。1989年(平成元年)3月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

快速急行「おじか」の運用で牛田駅の近くまで戻って来た処です。

東武鉄道クハ6262他6連の写真です。2001年(平成13年)8月、東武鉄道伊勢崎線東向島(ひがしむこうじま)駅にて撮影。

上の写真の車輌は東武鉄道クハ6262他6連。2001年(平成13年)8月、東武鉄道伊勢崎線東向島(ひがしむこうじま)駅にて撮影。

東武鉄道クハ6273+モハ6173他の写真です。1989年(平成元年)3月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

上の写真の車輌は東武鉄道クハ6273+モハ6173他。1989年(平成元年)3月、東武鉄道伊勢崎線北千住(きたせんじゅ)=牛田(うしだ)間にて撮影。

野岩鉄道モハ61103他の写真です。2007年(平成19年)12月、東武鉄道日光線幸手(さって)=杉戸高野台(すぎとたかのだい)駅間にて撮影。この写真は愚息が撮影してくれました。

上の写真の車輌は野岩鉄道モハ61103他。2007年(平成19年)12月、東武鉄道日光線幸手(さって)=杉戸高野台(すぎとたかのだい)駅間にて撮影。この写真は愚息が撮影してくれました。

野岩鉄道には6050系の同型車として61100系(モハ61100+クハ62100)、会津鉄道には61200系(モハ61200+クハ62200)があります。外観上の相違は殆んど内容で、東武車との相違点は車番が5桁になっている点と、野岩鉄道の車輌に関しては山の絵を背景にして「YG」の文字を入れた社紋が側面に描かれている程度です。

なお、野岩鉄道、会津鉄道の保有する車輌は全て新製車のみです。従来の6000系を車体更新した車輌で野岩鉄道、会津鉄道に所属する車輌はありません。

クハ62102のFS029台車の写真です。2004年(平成16年)8月、東武鉄道日光線下今市(しもいまいち)駅にて撮影。

クハ62100の履いているFS029台車の写真です。モハの方は同系列のFS529です。新製車は、全てこの台車を履いています。一方、6000系を車体更新した車輌は同じくミンデンドイツ系の台車ではありますが、製造年次が古いためにFS357/FS057台車を履いています。

新製車と更新車の相違点は、車番以外では台車の相違が重要な判断基準となります。野岩鉄道車と会津鉄道車は新製車だけですので、FS357/FS057台車を履いている車輌がいれば、少なくとも野岩車、会津車ではないと言うことだけは判断できます。

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