●本コンテンツ内の写真、画像、文章など、一切を無断転載することを禁止します。
●下線を引いた文字には、例外なく何等かのリンクを張ってあります。
101系|
クモハ351型とサハ1311型|
2000系と2000N系|
4000系|
5000系
新着!
9000系|
20000系
3号機関車|
新着!
E31型|
E41型|
E61型|
E851型|
ワフ1型
更新記録
秩父線(吾野=西武秩父間)開業に際して1969年(昭和44年)から新造された車輌で、性能的には後述の5000系と同様です。山岳区間を走破できて、平地に下りてくれば高速走行も可能と言う点では国鉄165系のような存在でしょうか? 編成の基本は中間電動車2輌ユニットの両端をクハで挟むと言うものです。後に、増結用にクモハ+クモハの2連編成ができたりします。1M車を作らなかったのは、メンテナンスの手間を考えて、多少過大出力であっても2M方式の機器だけに揃えるため、と言う話を聞いた記憶があります。
車種構成はモハ101、クハ1101、クモハ101の3車種のみで、サハはありません。かなり廃車が進んでおり、4000系や10000系の種車になったり、流鉄・流山電気鉄道の3000系として売却されたりして、急速に輌数が減りつつあります。
上の写真は2001年(平成13年)10月、西武鉄道多摩川線白糸台(しらいとだい)駅にて撮影。
以前は是政線と言う名前で戦災復旧車の2連が走っていた路線ですが、今ではカルダン駆動の冷房付き、蛍光灯付きの電車で4連ですから、この路線もかなり出世したものです。
初期の塗り分け時代の写真です。この方が落ち着いていて良い色合いだと思います。それにしても後に真っ黄色1色塗りにしてしまってからも、東武鉄道の車輌のようにドン臭くしなかった西武のデザイン感覚は見事です。
こちらは101N系と呼ばれる車輌で、2000系の実績を参考にした仕様変更車です。こちらも廃車が進んでおり、当サイトに記載してある範囲では秩父鉄道の6000系や上信電鉄のクモハ500型などとして売却も進められています。
101N系のクモハ同士の2連を併結した国分寺線の列車です。奇数車がパンタグラフ2基搭載のMc1、偶数車がパンタグラフの無いMc2です。
上の写真の車輌は西武鉄道クモハ287。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)駅にて撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
1954年(昭和29年)より所沢工場で製造された車輌で、17m級車体の電動車です。当初はクモハ501を名乗っていましたが、後に新型車に追われてクモハ501→クモハ411→クモハ351と名前を変えて行きます。
当初は2輌のクモハの中間に20m車のサハ1501を2輌挟んだ4輌編成でしたが、最終的には多摩湖線で中間に17m車のサハ1311を1輌挟んだ2M1Tの編成で使用されていました。多摩湖線の国分寺駅は17m車3連までしか入線できなかったために、最末期までクモハ351のような中型車に活躍の余地があったとも言えます。廃車後は一部の車輌が上毛電鉄に譲渡されてデハ230型として使用されました。
中間車のサハ1311型。全体としてはシル・ヘッダー付きですが、左端の乗降用扉から妻面までの間のみノーシル・ノーヘッダーです。明らかに乗務員室周辺を改造して中間車化したことがわかります。
このサハ1311型は戦災復旧車のモハ30、モハ31、モハ50、クハ65辺りを改装した311系をサハ化した車輌です。上述の通り、多摩湖線の国分寺駅には17m車3連までしか入線できなかったために、クモハ351の中間に連結するために改造された車輌です。車体そのものはクモハの方が新し目ですが、乗降用扉はサハの方が新し目です。
1977年(昭和52年)から製造された西武鉄道の新性能車として初の4扉車が2000系、1988年(昭和63年)から製造された2000系のモデルチェンジ車が2000N系です。戸袋窓を持たないのが2000系、戸袋窓を持つのが2000N系です。
基本となる車種構成はクハ2001、モハ2101、クモハ2401のみですが、若干の機能の相違によりモハ2201、モハ2301、クハ2401、モハ2501、クハ2601などの派生形式があります。この系列にサハはありません。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ2006他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道多摩湖線萩山(はぎやま)駅付近にて撮影。クハ2001型の偶数車で本川越・拝島・西武遊園地向きの車輌です。
上の写真の車輌は西武鉄道モハ2133他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道多摩湖線萩山(はぎやま)駅付近にて撮影。モハ2101型の奇数車でM1車、パンタグラフを2基有しますが、母線の引き回し方を改造した車輌ではパンタグラフ1基になったものもあります。2丁パンタの方が格好はいいと思いますが、、、。
上の写真の車輌は西武鉄道モハ2105他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道多摩湖線萩山(はぎやま)駅付近にて撮影。モハ2101型の奇数車でM1車ですが、母線引き回し方の改造に伴いパンタグラフ1基になっています。
上の写真の車輌は西武鉄道モハ2134他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道多摩湖線萩山(はぎやま)駅にて撮影。モハ2101型の偶数車でM2車、パンタグラフはありません。
上の写真の車輌は西武鉄道モハ2246他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道拝島線小川(おがわえ)駅付近にて撮影。2000N系のモハ2101型の偶数車でM2車相当ですが、M4車として6連編成で使用される車輌です。この車輌もパンタグラフはありません。
2輌編成用のクモハです。最近の西武鉄道としては珍しくも、2輌編成でありながらクモハ同士の背中併せではなく、クモハ+クハの編成となります。相方はクハ2401型で、クモハとクハで車番が連番になります。例えば、クモハ2451の相方はクハ2452、クモハ2465の相方はクハ2466、となります。
上の写真の車輌は西武鉄道クモハ2465+クハ2466。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)駅にて撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
4輌編成専用の形式で、偶数車のみが存在します。4連は3M1Tの編成になるので、反対側の先頭車であるクモハ2501型は奇数車のみが存在します。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ2620他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道拝島線小平(こだいら)駅にて撮影。
秩父鉄道直通用として1988年(昭和62年)から1992年(平成4年)に掛けて4連12本が製造された車輌で、車内はセミクロスシートとなっています。下回りは廃車となった101系の部品流用です。編成はクハ+モハ+モハ+クハの4連です。通常は4連のままで飯能(はんのう)=西武秩父(せいぶちちぶ)間に閉じ篭もった運用に付いていますが、秩父鉄道線へ直通する運用の場合は8連で池袋=横瀬間を走り、横瀬で分割した後に三峰口行きと寄居行きに別れて4連で走行します。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ4009。2006年(平成18年)2月、秩父鉄道寄居(よりい)駅にて撮影、
クハ4000型の奇数車(飯能・三峰口向き)で、洗面所が付きます。
上の写真の車輌は西武鉄道モハ4109。2006年(平成18年)2月、秩父鉄道寄居(よりい)駅にて撮影、、
モハ4100型の奇数車で、パンタグラフ付き、制御器付きの車輌です。17個並んだ床下の抵抗器が見事です。右隣に写っているのはクハ4000型の奇数車です。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ4006。2006年(平成18年)2月、秩父鉄道寄居(よりい)駅にて撮影、
クハ4000型の偶数車(池袋・西武秩父・寄居向き)です。路線が隣接している東武鉄道(東上線)と考え合わせると、池袋向きの車輌と寄居向きの車輌が同じ向きを向いているのはなんとも奇妙な感覚ですが、飯能(はんのう)駅がスイッチバック構造であるために、このような現象がおきます。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ4008の写真です。2009年(平成21年)2月、西武鉄道小手指(こてさし)検車区にて許可を得て撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
秩父線開業に際して1969年(昭和44年)から新造された車輌で、性能的には前述の101系と同様です。有料特急専用の車輌としては、西武初の車輌です。「ちちぶ」「おくちちぶ」「むさし」などとして使用されました。当初は101系と同様に中間電動車2輌ユニットの両端をクハで挟む4輌編成でしたが、後に中間電動車を2組(=4輌)中間に入れる6輌編成となります。
1993年(平成5年)から1998年(平成10年)に掛けて2000N系並みの車体を新造し、廃車となった101系の部品を使って電装した車輌です。全て10連で8編成あり(合計80輌)、全部の車輌が廃止された所沢工場で製造されました。後に全部の編成がVVVF制御+三相誘導電動機化されたので、実態は新車化されました。2000N系との一番判りやすい相違点は、9000系は正面貫通路両側の手摺りが黒く、助手席側窓下に車番が記入されている点でしょうか。10連固定編成なので、流石に2000系とは異なり、編成中間にサハも連結されています。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ9004他10連。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)駅にて撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ9108他10連。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)駅にて撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
1999年(平成11年)以来増備が続いている、アルミ車体の車輌です。主に新宿線系統で使用されており、10連固定編成と8連固定編成がありますが、MT比はどちらも1:1になります。型式は編成位置によって同じ車種でも異なりますが、西武新宿方がクハ20100で、20200、20300、と続き、本川越・拝島・西武遊園地方がクハ20000で、この辺りは10連も8連も共通です。10連編成は途中欠番はありませんが、8連編成はモハ20500とサハ20600に相当する車輌が欠番になっています。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ20052他。2007年(平成19年)10月、西武鉄道新宿線小平(こだいら)駅付近にて撮影。クハ20000型は本川越・拝島・西武遊園地向きのクハです。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ20104他10連。2007年(平成19年)10月、西武鉄道新宿線小平(こだいら)駅付近にて撮影。クハ20100型は西武新宿向きのクハです。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ20151他8連。2009年(平成21年)2月、西武鉄道小手指(こてさし)検車区構内にて許可を得て撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。この車輌もクハ20100型ですが、8連用のクハなので50番代となっています。クハに限らず、8連編成に組み込まれる車輌は全て50番代車です。
上の写真の車輌は西武鉄道クハ20156他8連。2007年(平成19年)10月、西武鉄道多摩湖線萩山(はぎやま)駅付近にて撮影。
西武鉄道3号機は振り出しまで遡ると、湊町(JR難波)=奈良間、大阪=天王寺間などに路線を有していた初代・大阪鉄道がダブスから2輌購入した蒸気機関車で車軸配置はコロンビア(2-4-2/1B1)で、製造は1891年(明治24年)です。この初代・大阪鉄道は2代目の大阪鉄道とは全くの別会社で、2代目の方は現在の近鉄南大阪線などの前身となった会社です。この機関車を購入した初代・大阪鉄道は1900年(明治33年)に関西鉄道に買収され、さらに関西鉄道自体も1907年(明治40年)に国有化されるので、この機関車も国有化され220型と言う形式番号を付与されます。
この機関車は鉄道作業局の形式でA8と呼ばれる機関車の範疇に入り掛かっている?ような車輌なので、500型(ダブス製)、600型(ナスミス・ウィルソン製)、700型(ヴァルカン・ファンドリー製)などの同族となりますが、この種の機関車の中では全ての点で最も小型です。例えば、500型が全長9558mm、最大動輪軸重が13.2tであるのに対して、この車輌は全長8433mm、最大動輪軸重が9.1tとなっています。イギリス製の機関車としては、と言うか、この種の小型機関車としては珍しくもワルシャート式のバルブギヤを使っている点が最大の特徴でしょうか。
2輌の内、西武鉄道の3号機となった車輌は220型220号で、1917年(大正6年)に多摩川線の前身である多摩鉄道に払い下げられ、後に多摩鉄道は西武鉄道に買収されたために、この機関車は西武鉄道の2代目3号機となります。更に、1956年(昭和31年)には日本ニッケル上武鉄道に譲渡され8号機となりますが、1965(昭和40年)に廃車された後に西武鉄道に戻されて、現在では東京都豊島区に在る豊昭学園昭和鉄道高校に静態保存されています。220型221号になった車輌は、小野田鉄道に払い下げられた後に車体の軽さを生かしてなんと762mmゲージに改軌され、中国に送られその後の消息は不明のようです。
上の写真の車輌は西武鉄道3号機。2007年(平成19年)9月、豊昭学園昭和鉄道高校(東京都豊島区)にて撮影。この車輌の写真は文化祭の際に愚息が撮影してきてくれたものです。うっかりしていて広角レンズを渡し忘れていたために、撮影にはかなり苦労させてしまったようです。
上の写真の車輌は西武鉄道3号機。2007年(平成19年)9月、豊昭学園昭和鉄道高校(東京都豊島区)にて撮影。この写真も上の写真同様、愚息の手になるものです。
1986年(昭和61年)から1987年(昭和62年)に掛けて全部で4輌が製造された電気機関車です。台車は国鉄80系電車(いわゆる湘南電車)からの廃車発生品であるDT20Aに砂箱を取り付けて使用し、主電動機はクモハ351型の廃車発生品を使用しています。全長11m、車体重量40t程の可愛い機関車です。
上の写真の車輌は西武鉄道E31他。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)検車区にて許可を得て撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
上の写真の車輌は西武鉄道E32他。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)検車区にて許可を得て撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
上の写真の車輌は西武鉄道E34他。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)検車区にて許可を得て撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
上の写真はE31型が履いているDT20A台車です。2009年(平成21年)2月、西武鉄道池袋線小手指(こてさし)検車区にて許可を得て撮影。この写真は愚息が撮影してきてくれました。
上の写真の車輌は西武鉄道E42(青梅電鉄1012)。1983年(昭和58年)4月、西武鉄道所沢(ところざわ)駅付近にて撮影。
浅野資本の鉄道会社である青梅電鉄がEE(イングリッシュ・エレクトリック)から購入した1010型機関車が出自となる形式です。合計4輌あり、最終的には全車輌を西武鉄道が引き取るのですが、現在では1輌のみJRに出戻って、新鶴見機関区にて保存しているようです。
青梅電鉄1010型の内の番号の若い2輌(1011と1012)は1952年の大改番を待たずに西武鉄道に払い下げられますので国鉄制式機としての番号?を持ちません(国鉄時代も1011と1012を名乗っています)。
上の写真の車輌は西武鉄道E44(青梅電鉄1014→国鉄ED362)。1983年(昭和58年)4月、西武鉄道所沢(ところざわ)駅にて撮影。
こちらも青梅電鉄の1010型ですが、1013と1014は1952年の大改番後も国鉄に残留していたために、ED36と言う制式機としての番号?を持っています。上の写真のE44は国鉄時代はED362だった車輌で、遡ると青梅電鉄1014となります。
上の写真の車輌は西武鉄道E61(鉄道省1010→国鉄ED11)。1983年(昭和58年)4月、所沢(ところざわ)駅にて撮影。
鉄道省が電化初期にサンプル的にGE(ジェネラル・エレクトリック)から6輌輸入したうちの1輌です。6輌の内訳は1010型(ED11)が2輌、1060型(ED14)が4輌です。上の写真のE61はED111だった車輌で、ED112だった車輌はそのまま国鉄に残留して浜松工場の入換車となり、後にJR東海が運営する佐久間レールパークに保存され、現在に至ります。
いわゆる民鉄の機関車としては最大、最強の機関車で、1969年(昭和44年)の三菱製です。台車や制御機器などは、国鉄のEF81と同じものが使用されています。但し、「最大最強」とは言っても、さすがに普通の電鉄会社が使う車両なので、軸重まで最大と言うわけではありません。
上の写真の車輌はワフ3とワフ6。1983年(昭和58年)4月、西武鉄道所沢(ところざわ)駅にて撮影。
ワフとは言うものの、果たして貨物室を本来の用途に使っていたかどうかは定かではありません。単に車掌車としてのみ使っていたんじゃないかと思います。軒並み凸型車掌車ばかりの東武鉄道や、ヲキフばかりが目立つ秩父鉄道などと好対照です。
上の写真の車輌はワフ9、ワフ4、ワフ7。1983年(昭和58年)4月、所沢(ところざわ)駅にて撮影。
| 路線名 | 駅名 | 読み方 | 乗車時 | 降車時 | 調査日 |
|---|---|---|---|---|---|
| 新宿線 | 高田馬場 | たかだのばば | SB場 | 2007.10.27. | |
| 新宿線・拝島線 | 小平 | こだいら | 小平 | 2007.10.27. | |
| 拝島線・多摩湖線 | 萩山 | はぎやま | 萩山 | 萩山 | 2007.10.27. |
| 拝島線・国分寺線 | 小川 | おがわ | 小川 | 小川 | 2007.10.27. |
| 拝島線 | 拝島 | はいじま | 西武拝島 | 拝島 | 2007.10.27. |
最初のページ>
日本の鉄道写真館>
西武鉄道の車輌
Gゲージ鉄道模型・風雅松本亭(http://g-gauge.world.coocan.jp/)
| リンク集 Links |
無機質なGゲージ日記 Blog |
日本の鉄道写真館 Japanese Railroad Photos |
Gゲージ鉄道模型・風雅松本亭 Index |
|---|